【東京発-長野-飛騨‐金沢】雪国の冬景色巡り

冬の旅行にお悩みではないですか?
日本の冬を100%満喫するにはやはり雪国へ行ってみましょう。
京都方面へ向かう通過点の長野、岐阜は四季折々の見どころが満載です。
春は桜と残雪、夏はハイキング、秋は紅葉、そして冬は雪景色。
山間の村を訪れたり、温泉を堪能したり、歴史を感じる城下町を散策したりしませんか。
最後は伝統と文化の街、金沢へ。
金沢からさらに京都へ行くのもいいですし、東京へと新幹線で戻るのもいいでしょう。(金沢から東京へは2時間40分、京都へは2時間15分程度で乗り換えなしで行くことが出来ます。)

8
From ¥257,000

ツアー概要

冬の旅行にお悩みではないですか?
日本の冬を100%満喫するにはやはり雪国へ行ってみましょう。
京都方面へ向かう通過点の長野、岐阜は四季折々の見どころが満載です。
春は桜と残雪、夏はハイキング、秋は紅葉、そして冬は雪景色。
山間の村を訪れたり、温泉を堪能したり、歴史を感じる城下町を散策したりしませんか。
最後は伝統と文化の街、金沢へ。
金沢からさらに京都へ行くのもいいですし、東京へと新幹線で戻るのもいいでしょう。(金沢から東京へは2時間40分、京都へは2時間15分程度で乗り換えなしで行くことが出来ます。)

ツアー前日までのお勧め観光ポイント

★川越~歴史と文化のある町~
東京からほんの30分ほどで行ける川越は、一日中楽しめ、江戸時代の建築を見るのに最適な場所といえます。この古き良き雰囲気を最もよく表すものの一つが、蔵造りの街並みです。この街並みに並ぶ伝統的な建物は、火事から身を守るよう丈夫に造られています(川越は数世紀前大火事がありました)。町の中には「時の鐘」が高くそびえ、有名な「菓子屋横丁」に行くこともできます。伝統的な日本家屋の中を見るなら、美しい庭園のなかにある、川越城跡にある本丸御殿に行くのをおすすめします。

★秩父地方長瀞
秩父地方長瀞は、埼玉県の中心、東京の北に位置しています。東京から簡単にアクセスでき、荒川沿いの、山と森に囲まれた日本の田舎の美しい自然に出会う事でしょう。四季折々素晴らしいのですが、秋の紅葉にうっとりするのにうってつけの場所です。日本のさくら名所100選に数えられている4月から5月中旬までの長瀞の桜は大変美しいです。周囲の自然をいっぱいに楽しむのに、小さな木製ボートにのる船下りを使うのも手です。
  
★草間彌生美術館
「無限の鏡の部屋:ファリスの平原」や「南瓜」のオブジェなど、常に日本の現代美術を担う草間彌生。彼女の作品を展示しているのが東京都新宿区にある草間彌生美術館です。彼女の作品が常設展示されていることはもちろん、年に数回の企画展が行われています。日本を代表する現代芸術家の作品に触れることができる美術館となっています。入館は日時指定の予約、定員制となっています。
breakfast, dinner, lunch

1日目:東京

東京自由観光

東京泊
東京都内ホテル(☆☆☆)

2日目:北陸新幹線に乗って善光寺詣り

東京駅で新幹線に乗車
2015年の東京ー金沢間北陸新幹線開通に伴い導入された最新の車両は日本の伝統文化と未来をつなぐというコンセプトの元、"和"の未来をテーマにデザインされています。
外観は高速走行するための造形と日本の伝統的な色使い、走行する沿線の風景を融合させ、スピード感と精悍さを表現し、車内空間においては大人の琴線に触れる『洗練さ』と心と体の『ゆとり・解放感』をテーマにトータルデザインされ、快適で優雅な移動を楽しむことができるでしょう。
また驚くべきはその車体の安定性の高さであり、山岳地帯を最高時速260kmで走るにもかかわらず、最小限にその振動を抑え、快適な移動時間を可能にしています。



小布施:北斎が愛した町

長野県北部の小布施(おぶせ)は、県内で面積の一番小さな町ですが、人口約1万1千人の町に年間約120万人の観光客が訪れるとても人気のある観光地となっています。
町内には美術館、博物館、寺院、老舗栗菓子店等の見どころも多く、土壁の建物や土塀が並ぶ落ち着いた雰囲気の景観とあわせて、魅力となっています。
そして、ここは伝統的景観と地域の暮らしの両面を考慮した、まちづくりを行い全国から注目を集めています。

もとは特に何の変哲もない田舎町で、田舎特有の現象として年々過疎化が進み、町の将来が危惧されていました。
それをなんとか食い止めようと町が作ったのが、この町とゆかりの深い浮世絵画家、葛飾北斎をテーマとした北斎館です。

1842年、北斎はすでに齢83歳で江戸の絵師として十分すぎるほど名声を博していたときに、初めて小布施を訪れています。
高齢の身で山奥の田舎村から遠路はるばる江戸から足を運んだのは、江戸で親交の深かった小布施の豪農、高井鴻山の招きがあったからです。
鴻山は北斎の為に自宅にわざわざ専用のアトリエを作って厚遇しました。
1844年に再び小布施の鴻山のもとを訪れ、1848年まで滞在し、翌年1849年に齢90歳で江戸で亡くなっています。
江戸で名声を博しながらもその特殊な性格の為に狂人として良くも悪くも風評がたち、お金にも無頓着なため常に赤貧の生活を送っていた北斎にとっては物質的にも精神的にも快適に過ごせる場所でもあったのでしょう。
北斎は浮世絵の版画の巨匠として知られていますが、北斎館では数少ない北斎の肉筆画を見ることができます。
中でも2基の屋台の天井に書かれた「龍」「鳳凰」、「怒涛」は必見です。
またやや離れたところにある寺院、岩松院の「八方睨みの鳳凰」は畳21枚分の大きさの天井画は圧巻の一言です。

北斎は現在の小布施の町おこしに大きな役割を果たしていますが、それはあくまで一つの起爆剤であり他にも多くの町づくりの賜物として現在の小布施が出来上がっています。
建築家たちがリーダーシップをとり、人々の現代の生活と古い建築物の保存を両立させ、町全体の調和した情緒ある風景を作り出したり、名産の栗をPRしたり、インフラ整備や観光パンフレットを充実させたりと、小布施の町の観光事業はまさに他の町の手本となっています。



渋温泉

長野県北部の山中に位置する温泉で、草津温泉と山を隔てて反対側に位置する湯田中温泉郷と呼ばれる一帯の温泉群の一つです。
1300年前に開湯したと言われ、江戸時代には善光寺に近いこともあり多くの参拝客の宿泊地として賑わいました。
江戸時代の多くの偉人達も渋温泉を訪れ、葛飾北斎もその一人です。
近年寂れてゆく温泉街が増えていく中、湯田中温泉街は今でも人気のある温泉街です。
大型のホテルやレトロな雰囲気の旅館など様々な宿泊施設があり、中でも渋温泉は石畳の道と日本らしい木造建築が伝統的な温泉街の風情を漂わせています。
非常に多くの源泉に恵まれており、渋温泉にある35軒の宿に対し、なんと37もの源泉があり、日本でも有数の豊富な湯量を誇っております。
地面を掘れば温泉が出てくるとも言われ、当然温泉は皆源泉かけ流しの上質な温泉を楽しんでいただく事が出来ます。
温泉地では他の宿の日帰り温泉や共同浴場などを巡る温泉巡りをすることも楽しみの一つですが、渋温泉でもやはり温泉巡りをすることができます。
渋温泉には9つの源泉の異なる共同浴場があり、この共同浴場のいくつか巡って行くことを「九湯巡り」といいます。
9つの共同浴場は全て無料で入ることが出来ますが、すべて無人でオートロックのカギがかけられています。
渋温泉に宿泊した人はこの共同浴場のカギを宿を借りることが出来、他には地元住民しかカギは持っていません。
つまり、この九湯巡りは地元住民と宿泊客のみの特権ですので、是非この湯巡りを思う存分楽しんでください。(ただし9の湯(大湯)のみ有料500円で宿泊客以外も利用できます)
他にも有料ですが渋温泉や他の温泉の宿泊施設の日帰り湯を楽しんでみるのもいいでしょう。
湯田中温泉まで行けば「湯巡り温泉手形」という湯田中温泉の温泉施設3つを日帰り入浴できるチケットも購入できます。



登録有形文化財の宿《金具屋》

「千と千尋の神隠し」のモデルになったとも言われている宿で、木造4階建ての建物は国の登録有形文化財に指定されています。
宿の歴史は260年ほど前まで遡り、建物20世紀前半に建てられたものです。
当時の当時の宿の主人が宮大工たちを連れ日本各地を巡り、様々な経験を積ませたうえで完成させた建物で、随所にその意匠を見つけることが出来るでしょう。
17:30から無料の館内案内ツアーが催行されており、宿にまつわる秘密を聞いて見ましょう。
館内には3つ大浴場と5つの貸切風呂の合計8つのお風呂がありますので館内で湯巡りも満喫できるでしょう。

※別途料金でお部屋のランクアップが可能です:一般和風客室→伝統建築客室・・・+10,000円/お一人あたり
金具屋(渋温泉)
breakfast, dinner, lunch

3日目:渋温泉~地獄谷野猿公苑(オプショナル)~善光寺




地獄谷野猿公苑(オプショナル 前日申し込み別料金)

湯田中温泉郷の最奥の地獄谷温泉にある野生の猿の保護と観察を行っている公園で、英語ではWild snow monkey parkの名前で知られています。
ここは日本で唯一温泉に入る野生のニホンザルを見ることが出来る場所として外国人に大変評判の観光地となっており、日によっては半数以上の訪問客が外国人であることもあります。
海外メディアに取り上げられることもしばしばで、はるばるここをメインの観光ポイントとして日本にやってくる外国人もおります。
野生のニホンザルが出没する場所は他にも多くありますが、しばしば物を捕ったり危害を加えたりと観光客との間にトラブルを招くことがあります。
ここでは観光客による餌付けなどを厳禁するなどニホンザルとの適度な距離を保つようマナーが徹底されているため、ニホンザルも観光客に興味を持たず、自然のままの姿で過ごしています。
公苑の管理人が定期的に餌付けをしているため、基本的には公苑内または公苑付近にはいるはずですが、当然野生のニホンザルですから柵に囲まれた場所ではなく山中に棲息しているので、タイミングが悪いと公苑内で猿に出会えない場合もあることをご留意ください。
夏場でも公苑にはニホンザルは現れますが、温泉につかっている姿を見ることは難しいでしょう(朝方気温が冷え込む日は夏場でも温泉につかりに来ることもあります)。
また、公苑は人里からやや離れた場所にあり、駐車場から片道30分ほど歩きます。
冬場は雪道となりますので、滑りにくい靴と十分な防寒対策をご準備くださいませ。

※地獄谷野猿公苑ツアーはオプショナルツアーとなっています。
参加されない方は渋温泉や付近の散策や温泉巡りをご出発までお楽しみください。



善光寺詣り

善光寺は長野県北部に位置する無宗派のお寺で、その創立は7世紀まで遡ります。
未だ仏教が様々な宗派へと別れる前から存在するため、宗派を問わずいかなる人も受け入れる無宗派寺院であり、また女人禁制の仏教寺院の多かった日本において古くより男女分け隔てなく受け入れる珍しい寺院ということで多くの信仰を集めています。
江戸時代になり日本各地の街道が整備され比較的安易に人々が旅行に出ることが出来るようになると、長野の山奥へ遠路はるばる巡礼に訪れるようになりました。
そして、江戸時代末期になると善光寺巡礼ブームが訪れるようになり、現在の長野県の県庁所在地である長野市は善光寺の門前町として発展したものです。

善光寺の本堂内には阿弥陀三尊像が御本尊として安置されていますが、日本最古の仏像と言われる秘仏で国宝にも指定されており、7年に一度一般公開される「御開帳」の期間でさえその同じ姿をした像が分身として公開されるのみで、本物は寺の住職ですら見たことがないと言われています。
善光寺観光のハイライトは本堂内の「お戒壇巡り」で、内陣内の階段を下りて行き、ご本尊が置かれた瑠璃壇の床下を歩くことになるのですが、内部には一切の照明はなく、完全に光が遮断された廊下を中腰で進んでいきます。
暗闇の中壁伝いに歩いて行き、御本尊の真下にかかる「極楽の錠前」へ触れてから再び地上へ戻ってまいります。
この「極楽の錠前」に触れることで仏様との間に縁を結び極楽浄土へのお約束を頂きます。
そしてこのお約束を大切に心に持ち続け育てることで、往生する際に仏さまが迎えに来て下さり、極楽浄土へと連れて行ってもらうことができると言われています。
またこの体験にはもう一つ仏教精神を養う修練としての意義も含んでいます。
人は普段様々な雑念や煩悩に心を奪われていますが、この「お戒壇巡り」の一寸先も見えぬ暗闇の中ではただ一つ心は「極楽の錠前」に触れることに専心します。
あらゆる煩悩から解放され辿り着く悟りの境地にほんの少しでも近づくことこそがこの体験のポイントです。
錠前に触れ今度は暗闇から出口を探して進んでいくとわずかに地上の光が見えてきます。
ここで物を見ることができる事、つまり光のありがたさを感じ、出口を出た後の光の下の世界は入り口を入った時とはまた違ったふうに見えるかもしれません。
そこにこそこの体験のもう一つの重要な意義があるのです。
そしてそれ故にこのお戒壇巡りは短い距離を歩くだけですが、ただの通路ではなく「道場」と呼ばれ、修行の場の一環としてとらえられているのです。



宿坊~寺院に宿泊~

善光寺を訪れる際の目玉の一つとして宿坊体験というのがあります。
宿坊とは元来参拝者や僧侶たち用の寺院併設または寺院内の宿泊施設でした。
遠路を旅してやってくる巡礼者を迎え入れる施設であると同時に、僧侶と同様の素朴な食事や住居で寝食を共にすることで心身を清める役割をも果たしていました。
現在では巡礼者のみならず多くの観光客が訪れるようになったため、多くの宿坊が一般観光客を受け入れるようになりました。
そして宿泊設備やサービスも充実し、快適に過ごすことができるようになりました。
現代の宿坊体験は決してかつてのような質素で禁欲的な修行を体験することではなく、寺院文化の入り口を一般の人々に知ってもらうことにあります。
宿坊によっては写経、写仏などの体験が出来るところもありますが、なんといっても宿坊体験でのメインはご朝事を見学することでしょう。
「ご朝事」とは善光寺の全僧が毎朝善光寺の本堂で行われるお勤め(読経)のことです。
そして通常本堂で早朝5時半~6時半頃に行われますが、善光寺の男性住職と女性住職が本堂へと向かう際、一般の人々は参道で功徳を頂くことができます。
お朝事見学は宿坊に宿泊するとどこでも案内人が見学に連れて行ってくれます。
そしてその後境内見学、お戒壇巡りをして戻ってきてから朝食を頂きます。
お朝事見学は義務ではありませんがせっかくの機会ですから是非早起きして参加してみてください。
善光寺 宿坊
breakfast, dinner

4日目:善光寺ー松本


松本の城下町

松本は江戸時代には長野県で最も栄えていた町で、長野の山奥にあったおかげで中都市としては戦災を免れた数少ない城下街の一つで、歴史的文化財が今もなお多く残っています。


《松本城》
松本に残る歴史的文化財の中でも一際存在感を放っているのが松本城であることは言うまでもありません。
日本にはかつてのままの天守閣の姿をとどめる12の城がありますが、その中でも5城のみが国宝に指定されています。
それが姫路城、彦根城、犬山城、松江城そしてこの松本城です。
なかでも天守閣とそれを囲む堀の美しさと壮麗さは姫路城にも引けをとりません。
姫路城やほかの多くの城と違い全体的に黒に塗られており人々から別名「烏城」と呼ばれています。
周りを掘りで巡らせた6階建ての天守閣へむけて掛けられた朱色の橋がより一層天守閣を引き立てます。
さらに2017年に塗り直しをしたばかりですので黒く重厚かつ優雅さのある姿が見られるでしょう。
城内に入ると江戸時代そのままの様々な防衛用の仕掛けを凝らした構造を見ることができ、武具の展示もされています。
そして最上部まで登れば松本市内のパノラマを360°見渡すことができます。《中町通り》
「なまこ壁」と称される白黒の壁の土蔵が並び、城下町風情が色濃く残る通りです。
かつては酒や呉服の問屋が火事から守るために作った蔵で、現在はその蔵の雰囲気を観光利用し、民芸店や工芸店、カフェなどに改装し人気を集めています。《縄手通り》
中町通りと並んで人気の観光ストリートですが、江戸の城下町を再現しており、中町通と比べて庶民的な雰囲気が漂うレトロな町並みを散策できます。
通りにはカエル関連のものがたくさん見かけられるが、カエルをシンボルとして町を再び活気づかせようと松本市が40年以上前に始めた運動が名物として定着したものです。
150mほどの通りには骨董、民芸、駄菓子、食事処等様々な店があり、食べ歩きにもぴったりです。
願い事が叶うとされるパワースポットの四柱神社も人気です。《松本市美術館》
松本は直島のカボチャなどで有名な草間彌生が生れ育った地であり、松本市美術館には草間彌生の作品が多く展示されています。
屋外には巨大なオブジェ「幻の華」が展示され、館内では初期の作品から最新の作品までご覧いただけます。
美術館の随所に草間彌生カラーを発見することができますが、他にも松本出身の作家の展示や企画展も行われています。

 
松本市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

5日目 松本~高山



高山 ~飛騨の小京都~

高山市は日本で最も面積の大きな市で東京都とほぼ同じ面積を持ちますが、その大半が山岳地帯で居住者がいないため、人口は9万人以下しかいません。
そしてその人口の多くは高山駅を中心とした中心市街地域に集中しています。
飛騨山脈(北アルプス)の西山麓に位置し、周辺の飛騨市、下呂市、白川村と共に飛騨地方と呼ばれ、その中心である高山市街は「飛騨高山」と呼ばれることが多いです。
名古屋から北陸地方へと抜ける中継地として発達した町ですが、山岳の豪雪地帯で近世の経済成長圏から大きく外れ、インフラ整備も遅れていたため、近代化の影響が比較的少なかったため、江戸時代以来の城下町や商家などが当時のまま保全されており、現在では国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
もともとは北アルプスを目指す登山家たちの単なる登山基地にすぎませんでしたが、登山家たちの口コミによって次第に高山の美しい町並みが伝えられたのが現在の観光地としての高山の始まりです。
田舎ではあったものの江戸時代には幕府の天領であったため、当時は少なからず都の文化が伝わり、素朴な中にも雅な町並みが形作られ、その景観からいつしか「飛騨の小京都」と呼ばれ観光客の人気を集めるようになったのです。

飛騨高山の伝統と文化 ~高山祭~

先に述べたように、江戸時代以来、近代化の影響が比較的軽微だったおかげで高山には脈々と受け継がれた多くの伝統に触れることができます。
豊かな自然に囲まれた飛騨地方では古くから木材の加工技術が発達し、その優れた技術から飛騨の職人は「飛騨の匠」と呼ばれ、様々な場所、あらゆる時代に活躍してきました。
現在でも飛騨の家具は世界的にも高い評価を受けており、一位一刀彫や春慶塗といった伝統工芸品はその技術の高さを証明しているといっていいでしょう。
春と秋の年2回開催される飛騨高山祭で曳かれる屋台にこそ、その技術が凝縮した集大成と言っても過言ではないでしょう。
高山祭は京都の祇園祭、埼玉の秩父夜祭と並んで日本三大曳山祭の一つに数えられており、2016年に「山・鉾・屋台行事」としてユネスコの無形遺産に登録されました。
高山祭のハイライトはその絢爛豪華な屋台の美しさにあります。
年2回それぞれ10数基ずつ屋台が出庫しますが、どれ一つとして同じ屋台はなく、それぞれが個性的な特徴と細かな細工、またからくり人形が備え付けられている屋台もあり、その装飾の美しさと繊細さから「動く陽明門」と呼ばれています。
高山祭の期間以外では高山祭り会館で過去に使用された屋台をご覧いただけますので、是非一度足を運んでみてください。

飛騨古川

高山から列車で30分ほど北に行くと飛騨市の飛騨古川駅があります。
飛騨古川は高山の陰に隠れてあまり注目されていませんでしたが、2016年公開されて世界的にも大ヒットした「君の名は。」の中で古川の駅や町が登場したことで脚光を浴びるようになりました。
飛騨古川は高山ほど大きな町ではないですが、こじんまりして散策しやすい情緒ある街並みが魅力です。
20世紀初頭の火事でそれ以前の古い家屋のほとんどが焼失してしまいましたが、官民協力して昔ながらの町並みの再生につとめたため、観光地としてのインフラを整備しつつも大きなホテルなど景観を著しく害するものを避け、素朴で調和のとれた味わいのある風景となりました。
飛騨古川のお勧めは白壁土蔵街という区域で、白いなまこ壁の蔵が立ち並ぶ脇の水路には1000匹余りの鯉が放流され、そぞろ歩きに最適です。
飛騨では北アルプスの天然水の恵みのおかげで上質な酒を醸造する蔵が多くあるので、酒蔵巡りなどを楽しむのもいいのではないでしょうか。
また、古川にも古川祭という屋台行事があり、高山祭どうよう無形遺産に登録されています。
屋台は9基と高山祭に比べるとやや少ないですが、その豪華さは高山の屋台に負けず劣らず壮麗です。
また古川祭は屋台行事以外に起こし太鼓という行事が行われます。
起こし太鼓では数百人のふんどし一枚の男たちが参加し、大太鼓の担ぎ手たちと複数の小太鼓の担ぎ手たちに分れ、争いながら街中を巡行する非常に荒々しい祭りで、日本三大裸祭の一つとされています。
屋台や太鼓は古川まつり会館で実物を見ることができますのでお見逃しなく。
高山市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

6日目:高山~白川郷

午前中、高山自由散策
自由昼食後、白川郷へ。


白川郷

飛騨地方の岐阜県白川郷荻町集落と富山県五箇山相倉集落、菅沼集落は「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてUNESCOの世界文化遺産に登録されています。
白川郷はこの三集落の中で最大規模の集落で、世界遺産地域の3分の2を占め、住宅も合計60棟あります。
日本語では単に「歴史的集落」ではなく「合掌造り集落」という名で登録されていますが、合掌造りというのはこの世界遺産地域独特の茅葺き屋根の事を指します。
「合掌造り」とは日本の建築様式の一つで、豪雪地帯で用いられることが多く、丸太を交互に組み合わせてその上に茅を葺いた屋根があたかも合掌しているかのようであることからこの名前がつけられました。
屋根の上に雪が積もりすぎて家がつぶれる事のないよう、また雪下ろしの作業の負担を軽減するため、屋根が鋭角になっています。
これにより出来た広い屋根裏スペースは、この地方の主要な産業である養蚕業の養蚕棚として使われていました。
そして養蚕業が発展するにつれ、屋根裏スペースをより確保するため、屋根の角度もより一層鋭角になって行ったと言われています。
屋根には一切の釘が使われておらず、縄で固定され風雪に負けない柔軟で強靭な構造になっており、家の向きや窓の位置なども日の当たり具合などが十分に計算されて作られており、先人たちの知恵が詰まった合理的な建築様式となっています。
茅は一度葺いたら30~40年は持ちますが、風雨や雪で痛むため、年に1~2回の補修作業をしなければなりません。
屋根の全体の葺き替え作業は大仕事になるため、村人総出で行われました。
  


19世紀末にはこの建築様式を使った家屋は2000近くありましたが、それでも日本において非常に珍しいかなり例外的な様式でした。
過疎化やダム建設による村人の退去等の理由で多くの村がなくなりましたが、豪雪地帯な上に交通の便が悪く、半ば都市部と断絶された環境が幸いし、完全に消滅することなく一部の集落が残りました。
そしてやがてこの特殊な集落と田舎の田園風景の保存へと向けた動きが内外から出てくるようになり、ついに1994年に日本で4番目の世界遺産として登録されました。
現在では多くの観光客が訪れる人気の観光地である一方で観光地化に伴う土産物店や食事処などの増加により、本来の牧歌的で静かな山村の景観が失われつつあることが懸念されています。
合掌造り民宿 白川郷
breakfast, dinner

7日目:白川郷~金沢

朝食後、金沢へ。
金沢到着後、荷物をホテルに預け終日自由散策。
※観光に便利な市内バス一日フリー乗車券付

添乗員のツアー同行は金沢のホテルにご案内までとなります。
各自で金沢観光をお楽しみください。



金沢

~優雅な芸術と文化の町~

北陸地方石川県の県庁所在地である金沢は江戸時代の最大の大名の領地の城下町として発展し、当時は東京、大阪、京都の三都に次ぐ人口を誇りました。
「加賀百万石」と呼ばれて人々や他大名たちからその繁栄ぶりを称えられており、主要な街道から外れているにもかかわらず独自の優雅な文化を築き上げました。
大きな戦乱に巻き込まれることもなく、第二次世界大戦でも空襲を受けておらず、昔の風情ある街並みが今も残っています。
また金沢の歴代藩主が文化事業を奨励したため、多彩な伝統文化が受け継がれ今も息づいています。

《兼六園》

日本三名園の一つとして知られ、ミシュランガイドでも3つ星評価を与えられている回遊式日本庭園です。
四季折々に様々な表情を見せ、春には桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪吊り(樹木を雪害から守るための技術)のほか季節ごとに様々な花を見ることもできます。
兼六園は金沢城付属の庭園であり、小高い丘に作られているにも関わらず多くの池があり、園内全体に水路が張り巡らされ、庭園内の樹木やオブジェと見事な調和を見せています。

《21世紀美術館》

主に1980年以降の現代美術にフォーカスを当てた美術館で、現代新鋭芸術家の企画展示を行っています。
現代美術展示の為、展示する芸術家の知名度は低いが、いずれは名が広まるだろう芸術家に注目する点は未来への先行投資といえるでしょう。
21世紀美術館の設計を担当し円形で地上一階地下一階で全面ガラス張りの独特の建築でイタリアビエンナーレの建築部門で金獅子賞を受賞した建築家ユニットSANAAが良い一例といえるでしょう。
現在、SANAAはパリの老舗デパート、サマリテーヌ・ドゥ・パリ改修の際のデザインを担当しています。

《忍者寺》

妙立寺というのが正式名称ですが、内部に施された仕掛けの数々がまるで忍者のからくり屋敷のようなので、忍者寺の愛称で親しまれています。
実際に忍者がいたわけではないのになぜこのようなお寺が出来たかというと加賀藩が置かれていた立場があります。
加賀百万石と呼ばれ非常に力を持っていた加賀藩は幕府から警戒されていました。
ですが大っぴらに防衛を固めることは出来ないので、幕府にバレないようにお寺に仕掛けをほどこし、緊急時の出城的な役割を与えたのです。
内部は完全予約制で、お寺のガイドさんが様々な仕掛けを説明しながら紹介してくれます。

《ひがし茶屋街、にし茶屋街、主計町茶屋街、長町武家屋敷跡》

戦争などに巻き込まれることが少なく、江戸時代以来、比較的平穏で昔ながらの街並みを今に伝えています。
立地的にも京文化の影響を強く受けた雅な文化が発達し、犀川沿いには料亭や舞妓や芸妓などが働く歓楽街も発達しました。
なかでもひがし茶屋街と主計町茶屋街は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
また上流・中流階級藩士の侍屋敷が軒を連ねる長町武家屋敷跡には土塀と石畳の路地が続いており、かつての情緒ある雰囲気を味わうことができます。

《成巽閣》

成巽閣は国の重要文化財に指定されている建物で1863年江戸時代から明治時代への移り変わりの激動の時代に建てられました。
加賀藩主が母親の隠居後の生活の為に建てたもので優雅な作りの中にも細やかな気配りが見て取れます。
一階は大名屋敷風の書院造で2階は茶室風の数寄屋造りと2種類の様式が組み合わされており、部屋ごとにテーマが決められて装飾が施されています。
伝統的な建築の中にも当時最先端だった西洋のモダンな要素を取り入れ趣を沿えています。

《金沢城公園》

金沢城は加賀百万石を治めていた前田氏の居城です。
現在見えるものは20世紀の終わりに復元されたもので、もともとあった城の大半は18世紀後半の大火災に遭い焼失し、19世紀後半には陸軍の施設が置かれ、戦後は大学のキャンパスとして使われました。
本丸こそ復元されていませんが、櫓や門、施設の配置や構造などをなるべく史実に忠実に再現しています。
特に石垣の石組みの技術は高く、様々な時代の様々な様式の石垣を見ることができる為、別名「石垣の美術館」と呼ばれています。
金沢市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

8日目:金沢

ツアーは金沢で終了となります。
各自ご旅行の続きをお楽しみください。


金沢から京都へは特急サンダーバードで2時間強で行くことが出来ます。また東京へは北陸新幹線で2時間30分程度で戻ることが出来ます。
観光地を訪ねながら京都を目指すのもお勧めです。
金沢延泊ご希望のお客様は予約フォームよりお問い合わせください。
breakfast

ツアー終了後のお勧め観光スポット

★富山湾
富山湾には天然のいけすと呼ばれ、様々な種類の魚が獲ることができますが、有名なのが白エビ、ホタルイカ、ブリです。特に冬の時期は脂ののった寒ブリを召し上がるのがお勧めです。また富山新港の内川エリアには運河が流れており、運河沿いには民家が建ち並び、船が停泊している様から「日本のヴェニス」と称されています。天気の良い日には雄大な立山連峰を見ることができ、その美しさと春と秋に見られる蜃気楼は、富山湾が2014年に世界で最も美しい湾クラブに加盟する大きな要因になりました。金沢から富山新港までは約1時間半で行くことができます。

★加賀温泉
金沢からほんの三十分ほどで行くことができる加賀温泉郷。その代表である山中、山代温泉は寒いからだと旅の疲れを癒すのにもってこいの場所だといえます。加賀温泉の歴史は古く、およそ1300年前に開湯されたと伝わられており、江戸時代には北海道と大阪を結ぶ北前船の寄港地として賑わった歴史もあります。温泉はもちろん、石川の美味しいご飯を食べてリフレッシュするのはいかがでしょうか。

★恐竜博物館
福井県勝山市にある世界でも珍しいこの恐竜博物館は、金沢から電車とバスを乗り継いで2時間弱で行くことができます。所狭しと並べられた常設の大迫力の恐竜の骨格や標本が私たちを出迎えてくれます。また館内にある「ダイノラボ」では化石を使ったクイズや、実際に恐竜の化石を触ることができ、太古の生命をより身近に感じることができるでしょう。不定期ではありますが、常設展の他に恐竜に関する企画展も行っています。

ルートマップ

ツアー詳細

ツアー前日までのお勧め観光ポイント

★川越~歴史と文化のある町~
東京からほんの30分ほどで行ける川越は、一日中楽しめ、江戸時代の建築を見るのに最適な場所といえます。この古き良き雰囲気を最もよく表すものの一つが、蔵造りの街並みです。この街並みに並ぶ伝統的な建物は、火事から身を守るよう丈夫に造られています(川越は数世紀前大火事がありました)。町の中には「時の鐘」が高くそびえ、有名な「菓子屋横丁」に行くこともできます。伝統的な日本家屋の中を見るなら、美しい庭園のなかにある、川越城跡にある本丸御殿に行くのをおすすめします。

★秩父地方長瀞
秩父地方長瀞は、埼玉県の中心、東京の北に位置しています。東京から簡単にアクセスでき、荒川沿いの、山と森に囲まれた日本の田舎の美しい自然に出会う事でしょう。四季折々素晴らしいのですが、秋の紅葉にうっとりするのにうってつけの場所です。日本のさくら名所100選に数えられている4月から5月中旬までの長瀞の桜は大変美しいです。周囲の自然をいっぱいに楽しむのに、小さな木製ボートにのる船下りを使うのも手です。
  
★草間彌生美術館
「無限の鏡の部屋:ファリスの平原」や「南瓜」のオブジェなど、常に日本の現代美術を担う草間彌生。彼女の作品を展示しているのが東京都新宿区にある草間彌生美術館です。彼女の作品が常設展示されていることはもちろん、年に数回の企画展が行われています。日本を代表する現代芸術家の作品に触れることができる美術館となっています。入館は日時指定の予約、定員制となっています。
breakfast, dinner, lunch

1日目:東京

東京自由観光

東京泊
東京都内ホテル(☆☆☆)

2日目:北陸新幹線に乗って善光寺詣り

東京駅で新幹線に乗車
2015年の東京ー金沢間北陸新幹線開通に伴い導入された最新の車両は日本の伝統文化と未来をつなぐというコンセプトの元、"和"の未来をテーマにデザインされています。
外観は高速走行するための造形と日本の伝統的な色使い、走行する沿線の風景を融合させ、スピード感と精悍さを表現し、車内空間においては大人の琴線に触れる『洗練さ』と心と体の『ゆとり・解放感』をテーマにトータルデザインされ、快適で優雅な移動を楽しむことができるでしょう。
また驚くべきはその車体の安定性の高さであり、山岳地帯を最高時速260kmで走るにもかかわらず、最小限にその振動を抑え、快適な移動時間を可能にしています。



小布施:北斎が愛した町

長野県北部の小布施(おぶせ)は、県内で面積の一番小さな町ですが、人口約1万1千人の町に年間約120万人の観光客が訪れるとても人気のある観光地となっています。
町内には美術館、博物館、寺院、老舗栗菓子店等の見どころも多く、土壁の建物や土塀が並ぶ落ち着いた雰囲気の景観とあわせて、魅力となっています。
そして、ここは伝統的景観と地域の暮らしの両面を考慮した、まちづくりを行い全国から注目を集めています。

もとは特に何の変哲もない田舎町で、田舎特有の現象として年々過疎化が進み、町の将来が危惧されていました。
それをなんとか食い止めようと町が作ったのが、この町とゆかりの深い浮世絵画家、葛飾北斎をテーマとした北斎館です。

1842年、北斎はすでに齢83歳で江戸の絵師として十分すぎるほど名声を博していたときに、初めて小布施を訪れています。
高齢の身で山奥の田舎村から遠路はるばる江戸から足を運んだのは、江戸で親交の深かった小布施の豪農、高井鴻山の招きがあったからです。
鴻山は北斎の為に自宅にわざわざ専用のアトリエを作って厚遇しました。
1844年に再び小布施の鴻山のもとを訪れ、1848年まで滞在し、翌年1849年に齢90歳で江戸で亡くなっています。
江戸で名声を博しながらもその特殊な性格の為に狂人として良くも悪くも風評がたち、お金にも無頓着なため常に赤貧の生活を送っていた北斎にとっては物質的にも精神的にも快適に過ごせる場所でもあったのでしょう。
北斎は浮世絵の版画の巨匠として知られていますが、北斎館では数少ない北斎の肉筆画を見ることができます。
中でも2基の屋台の天井に書かれた「龍」「鳳凰」、「怒涛」は必見です。
またやや離れたところにある寺院、岩松院の「八方睨みの鳳凰」は畳21枚分の大きさの天井画は圧巻の一言です。

北斎は現在の小布施の町おこしに大きな役割を果たしていますが、それはあくまで一つの起爆剤であり他にも多くの町づくりの賜物として現在の小布施が出来上がっています。
建築家たちがリーダーシップをとり、人々の現代の生活と古い建築物の保存を両立させ、町全体の調和した情緒ある風景を作り出したり、名産の栗をPRしたり、インフラ整備や観光パンフレットを充実させたりと、小布施の町の観光事業はまさに他の町の手本となっています。



渋温泉

長野県北部の山中に位置する温泉で、草津温泉と山を隔てて反対側に位置する湯田中温泉郷と呼ばれる一帯の温泉群の一つです。
1300年前に開湯したと言われ、江戸時代には善光寺に近いこともあり多くの参拝客の宿泊地として賑わいました。
江戸時代の多くの偉人達も渋温泉を訪れ、葛飾北斎もその一人です。
近年寂れてゆく温泉街が増えていく中、湯田中温泉街は今でも人気のある温泉街です。
大型のホテルやレトロな雰囲気の旅館など様々な宿泊施設があり、中でも渋温泉は石畳の道と日本らしい木造建築が伝統的な温泉街の風情を漂わせています。
非常に多くの源泉に恵まれており、渋温泉にある35軒の宿に対し、なんと37もの源泉があり、日本でも有数の豊富な湯量を誇っております。
地面を掘れば温泉が出てくるとも言われ、当然温泉は皆源泉かけ流しの上質な温泉を楽しんでいただく事が出来ます。
温泉地では他の宿の日帰り温泉や共同浴場などを巡る温泉巡りをすることも楽しみの一つですが、渋温泉でもやはり温泉巡りをすることができます。
渋温泉には9つの源泉の異なる共同浴場があり、この共同浴場のいくつか巡って行くことを「九湯巡り」といいます。
9つの共同浴場は全て無料で入ることが出来ますが、すべて無人でオートロックのカギがかけられています。
渋温泉に宿泊した人はこの共同浴場のカギを宿を借りることが出来、他には地元住民しかカギは持っていません。
つまり、この九湯巡りは地元住民と宿泊客のみの特権ですので、是非この湯巡りを思う存分楽しんでください。(ただし9の湯(大湯)のみ有料500円で宿泊客以外も利用できます)
他にも有料ですが渋温泉や他の温泉の宿泊施設の日帰り湯を楽しんでみるのもいいでしょう。
湯田中温泉まで行けば「湯巡り温泉手形」という湯田中温泉の温泉施設3つを日帰り入浴できるチケットも購入できます。



登録有形文化財の宿《金具屋》

「千と千尋の神隠し」のモデルになったとも言われている宿で、木造4階建ての建物は国の登録有形文化財に指定されています。
宿の歴史は260年ほど前まで遡り、建物20世紀前半に建てられたものです。
当時の当時の宿の主人が宮大工たちを連れ日本各地を巡り、様々な経験を積ませたうえで完成させた建物で、随所にその意匠を見つけることが出来るでしょう。
17:30から無料の館内案内ツアーが催行されており、宿にまつわる秘密を聞いて見ましょう。
館内には3つ大浴場と5つの貸切風呂の合計8つのお風呂がありますので館内で湯巡りも満喫できるでしょう。

※別途料金でお部屋のランクアップが可能です:一般和風客室→伝統建築客室・・・+10,000円/お一人あたり
金具屋(渋温泉)
breakfast, dinner, lunch

3日目:渋温泉~地獄谷野猿公苑(オプショナル)~善光寺




地獄谷野猿公苑(オプショナル 前日申し込み別料金)

湯田中温泉郷の最奥の地獄谷温泉にある野生の猿の保護と観察を行っている公園で、英語ではWild snow monkey parkの名前で知られています。
ここは日本で唯一温泉に入る野生のニホンザルを見ることが出来る場所として外国人に大変評判の観光地となっており、日によっては半数以上の訪問客が外国人であることもあります。
海外メディアに取り上げられることもしばしばで、はるばるここをメインの観光ポイントとして日本にやってくる外国人もおります。
野生のニホンザルが出没する場所は他にも多くありますが、しばしば物を捕ったり危害を加えたりと観光客との間にトラブルを招くことがあります。
ここでは観光客による餌付けなどを厳禁するなどニホンザルとの適度な距離を保つようマナーが徹底されているため、ニホンザルも観光客に興味を持たず、自然のままの姿で過ごしています。
公苑の管理人が定期的に餌付けをしているため、基本的には公苑内または公苑付近にはいるはずですが、当然野生のニホンザルですから柵に囲まれた場所ではなく山中に棲息しているので、タイミングが悪いと公苑内で猿に出会えない場合もあることをご留意ください。
夏場でも公苑にはニホンザルは現れますが、温泉につかっている姿を見ることは難しいでしょう(朝方気温が冷え込む日は夏場でも温泉につかりに来ることもあります)。
また、公苑は人里からやや離れた場所にあり、駐車場から片道30分ほど歩きます。
冬場は雪道となりますので、滑りにくい靴と十分な防寒対策をご準備くださいませ。

※地獄谷野猿公苑ツアーはオプショナルツアーとなっています。
参加されない方は渋温泉や付近の散策や温泉巡りをご出発までお楽しみください。



善光寺詣り

善光寺は長野県北部に位置する無宗派のお寺で、その創立は7世紀まで遡ります。
未だ仏教が様々な宗派へと別れる前から存在するため、宗派を問わずいかなる人も受け入れる無宗派寺院であり、また女人禁制の仏教寺院の多かった日本において古くより男女分け隔てなく受け入れる珍しい寺院ということで多くの信仰を集めています。
江戸時代になり日本各地の街道が整備され比較的安易に人々が旅行に出ることが出来るようになると、長野の山奥へ遠路はるばる巡礼に訪れるようになりました。
そして、江戸時代末期になると善光寺巡礼ブームが訪れるようになり、現在の長野県の県庁所在地である長野市は善光寺の門前町として発展したものです。

善光寺の本堂内には阿弥陀三尊像が御本尊として安置されていますが、日本最古の仏像と言われる秘仏で国宝にも指定されており、7年に一度一般公開される「御開帳」の期間でさえその同じ姿をした像が分身として公開されるのみで、本物は寺の住職ですら見たことがないと言われています。
善光寺観光のハイライトは本堂内の「お戒壇巡り」で、内陣内の階段を下りて行き、ご本尊が置かれた瑠璃壇の床下を歩くことになるのですが、内部には一切の照明はなく、完全に光が遮断された廊下を中腰で進んでいきます。
暗闇の中壁伝いに歩いて行き、御本尊の真下にかかる「極楽の錠前」へ触れてから再び地上へ戻ってまいります。
この「極楽の錠前」に触れることで仏様との間に縁を結び極楽浄土へのお約束を頂きます。
そしてこのお約束を大切に心に持ち続け育てることで、往生する際に仏さまが迎えに来て下さり、極楽浄土へと連れて行ってもらうことができると言われています。
またこの体験にはもう一つ仏教精神を養う修練としての意義も含んでいます。
人は普段様々な雑念や煩悩に心を奪われていますが、この「お戒壇巡り」の一寸先も見えぬ暗闇の中ではただ一つ心は「極楽の錠前」に触れることに専心します。
あらゆる煩悩から解放され辿り着く悟りの境地にほんの少しでも近づくことこそがこの体験のポイントです。
錠前に触れ今度は暗闇から出口を探して進んでいくとわずかに地上の光が見えてきます。
ここで物を見ることができる事、つまり光のありがたさを感じ、出口を出た後の光の下の世界は入り口を入った時とはまた違ったふうに見えるかもしれません。
そこにこそこの体験のもう一つの重要な意義があるのです。
そしてそれ故にこのお戒壇巡りは短い距離を歩くだけですが、ただの通路ではなく「道場」と呼ばれ、修行の場の一環としてとらえられているのです。



宿坊~寺院に宿泊~

善光寺を訪れる際の目玉の一つとして宿坊体験というのがあります。
宿坊とは元来参拝者や僧侶たち用の寺院併設または寺院内の宿泊施設でした。
遠路を旅してやってくる巡礼者を迎え入れる施設であると同時に、僧侶と同様の素朴な食事や住居で寝食を共にすることで心身を清める役割をも果たしていました。
現在では巡礼者のみならず多くの観光客が訪れるようになったため、多くの宿坊が一般観光客を受け入れるようになりました。
そして宿泊設備やサービスも充実し、快適に過ごすことができるようになりました。
現代の宿坊体験は決してかつてのような質素で禁欲的な修行を体験することではなく、寺院文化の入り口を一般の人々に知ってもらうことにあります。
宿坊によっては写経、写仏などの体験が出来るところもありますが、なんといっても宿坊体験でのメインはご朝事を見学することでしょう。
「ご朝事」とは善光寺の全僧が毎朝善光寺の本堂で行われるお勤め(読経)のことです。
そして通常本堂で早朝5時半~6時半頃に行われますが、善光寺の男性住職と女性住職が本堂へと向かう際、一般の人々は参道で功徳を頂くことができます。
お朝事見学は宿坊に宿泊するとどこでも案内人が見学に連れて行ってくれます。
そしてその後境内見学、お戒壇巡りをして戻ってきてから朝食を頂きます。
お朝事見学は義務ではありませんがせっかくの機会ですから是非早起きして参加してみてください。
善光寺 宿坊
breakfast, dinner

4日目:善光寺ー松本


松本の城下町

松本は江戸時代には長野県で最も栄えていた町で、長野の山奥にあったおかげで中都市としては戦災を免れた数少ない城下街の一つで、歴史的文化財が今もなお多く残っています。


《松本城》
松本に残る歴史的文化財の中でも一際存在感を放っているのが松本城であることは言うまでもありません。
日本にはかつてのままの天守閣の姿をとどめる12の城がありますが、その中でも5城のみが国宝に指定されています。
それが姫路城、彦根城、犬山城、松江城そしてこの松本城です。
なかでも天守閣とそれを囲む堀の美しさと壮麗さは姫路城にも引けをとりません。
姫路城やほかの多くの城と違い全体的に黒に塗られており人々から別名「烏城」と呼ばれています。
周りを掘りで巡らせた6階建ての天守閣へむけて掛けられた朱色の橋がより一層天守閣を引き立てます。
さらに2017年に塗り直しをしたばかりですので黒く重厚かつ優雅さのある姿が見られるでしょう。
城内に入ると江戸時代そのままの様々な防衛用の仕掛けを凝らした構造を見ることができ、武具の展示もされています。
そして最上部まで登れば松本市内のパノラマを360°見渡すことができます。《中町通り》
「なまこ壁」と称される白黒の壁の土蔵が並び、城下町風情が色濃く残る通りです。
かつては酒や呉服の問屋が火事から守るために作った蔵で、現在はその蔵の雰囲気を観光利用し、民芸店や工芸店、カフェなどに改装し人気を集めています。《縄手通り》
中町通りと並んで人気の観光ストリートですが、江戸の城下町を再現しており、中町通と比べて庶民的な雰囲気が漂うレトロな町並みを散策できます。
通りにはカエル関連のものがたくさん見かけられるが、カエルをシンボルとして町を再び活気づかせようと松本市が40年以上前に始めた運動が名物として定着したものです。
150mほどの通りには骨董、民芸、駄菓子、食事処等様々な店があり、食べ歩きにもぴったりです。
願い事が叶うとされるパワースポットの四柱神社も人気です。《松本市美術館》
松本は直島のカボチャなどで有名な草間彌生が生れ育った地であり、松本市美術館には草間彌生の作品が多く展示されています。
屋外には巨大なオブジェ「幻の華」が展示され、館内では初期の作品から最新の作品までご覧いただけます。
美術館の随所に草間彌生カラーを発見することができますが、他にも松本出身の作家の展示や企画展も行われています。

 
松本市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

5日目 松本~高山



高山 ~飛騨の小京都~

高山市は日本で最も面積の大きな市で東京都とほぼ同じ面積を持ちますが、その大半が山岳地帯で居住者がいないため、人口は9万人以下しかいません。
そしてその人口の多くは高山駅を中心とした中心市街地域に集中しています。
飛騨山脈(北アルプス)の西山麓に位置し、周辺の飛騨市、下呂市、白川村と共に飛騨地方と呼ばれ、その中心である高山市街は「飛騨高山」と呼ばれることが多いです。
名古屋から北陸地方へと抜ける中継地として発達した町ですが、山岳の豪雪地帯で近世の経済成長圏から大きく外れ、インフラ整備も遅れていたため、近代化の影響が比較的少なかったため、江戸時代以来の城下町や商家などが当時のまま保全されており、現在では国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
もともとは北アルプスを目指す登山家たちの単なる登山基地にすぎませんでしたが、登山家たちの口コミによって次第に高山の美しい町並みが伝えられたのが現在の観光地としての高山の始まりです。
田舎ではあったものの江戸時代には幕府の天領であったため、当時は少なからず都の文化が伝わり、素朴な中にも雅な町並みが形作られ、その景観からいつしか「飛騨の小京都」と呼ばれ観光客の人気を集めるようになったのです。

飛騨高山の伝統と文化 ~高山祭~

先に述べたように、江戸時代以来、近代化の影響が比較的軽微だったおかげで高山には脈々と受け継がれた多くの伝統に触れることができます。
豊かな自然に囲まれた飛騨地方では古くから木材の加工技術が発達し、その優れた技術から飛騨の職人は「飛騨の匠」と呼ばれ、様々な場所、あらゆる時代に活躍してきました。
現在でも飛騨の家具は世界的にも高い評価を受けており、一位一刀彫や春慶塗といった伝統工芸品はその技術の高さを証明しているといっていいでしょう。
春と秋の年2回開催される飛騨高山祭で曳かれる屋台にこそ、その技術が凝縮した集大成と言っても過言ではないでしょう。
高山祭は京都の祇園祭、埼玉の秩父夜祭と並んで日本三大曳山祭の一つに数えられており、2016年に「山・鉾・屋台行事」としてユネスコの無形遺産に登録されました。
高山祭のハイライトはその絢爛豪華な屋台の美しさにあります。
年2回それぞれ10数基ずつ屋台が出庫しますが、どれ一つとして同じ屋台はなく、それぞれが個性的な特徴と細かな細工、またからくり人形が備え付けられている屋台もあり、その装飾の美しさと繊細さから「動く陽明門」と呼ばれています。
高山祭の期間以外では高山祭り会館で過去に使用された屋台をご覧いただけますので、是非一度足を運んでみてください。

飛騨古川

高山から列車で30分ほど北に行くと飛騨市の飛騨古川駅があります。
飛騨古川は高山の陰に隠れてあまり注目されていませんでしたが、2016年公開されて世界的にも大ヒットした「君の名は。」の中で古川の駅や町が登場したことで脚光を浴びるようになりました。
飛騨古川は高山ほど大きな町ではないですが、こじんまりして散策しやすい情緒ある街並みが魅力です。
20世紀初頭の火事でそれ以前の古い家屋のほとんどが焼失してしまいましたが、官民協力して昔ながらの町並みの再生につとめたため、観光地としてのインフラを整備しつつも大きなホテルなど景観を著しく害するものを避け、素朴で調和のとれた味わいのある風景となりました。
飛騨古川のお勧めは白壁土蔵街という区域で、白いなまこ壁の蔵が立ち並ぶ脇の水路には1000匹余りの鯉が放流され、そぞろ歩きに最適です。
飛騨では北アルプスの天然水の恵みのおかげで上質な酒を醸造する蔵が多くあるので、酒蔵巡りなどを楽しむのもいいのではないでしょうか。
また、古川にも古川祭という屋台行事があり、高山祭どうよう無形遺産に登録されています。
屋台は9基と高山祭に比べるとやや少ないですが、その豪華さは高山の屋台に負けず劣らず壮麗です。
また古川祭は屋台行事以外に起こし太鼓という行事が行われます。
起こし太鼓では数百人のふんどし一枚の男たちが参加し、大太鼓の担ぎ手たちと複数の小太鼓の担ぎ手たちに分れ、争いながら街中を巡行する非常に荒々しい祭りで、日本三大裸祭の一つとされています。
屋台や太鼓は古川まつり会館で実物を見ることができますのでお見逃しなく。
高山市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

6日目:高山~白川郷

午前中、高山自由散策
自由昼食後、白川郷へ。


白川郷

飛騨地方の岐阜県白川郷荻町集落と富山県五箇山相倉集落、菅沼集落は「白川郷・五箇山の合掌造り集落」としてUNESCOの世界文化遺産に登録されています。
白川郷はこの三集落の中で最大規模の集落で、世界遺産地域の3分の2を占め、住宅も合計60棟あります。
日本語では単に「歴史的集落」ではなく「合掌造り集落」という名で登録されていますが、合掌造りというのはこの世界遺産地域独特の茅葺き屋根の事を指します。
「合掌造り」とは日本の建築様式の一つで、豪雪地帯で用いられることが多く、丸太を交互に組み合わせてその上に茅を葺いた屋根があたかも合掌しているかのようであることからこの名前がつけられました。
屋根の上に雪が積もりすぎて家がつぶれる事のないよう、また雪下ろしの作業の負担を軽減するため、屋根が鋭角になっています。
これにより出来た広い屋根裏スペースは、この地方の主要な産業である養蚕業の養蚕棚として使われていました。
そして養蚕業が発展するにつれ、屋根裏スペースをより確保するため、屋根の角度もより一層鋭角になって行ったと言われています。
屋根には一切の釘が使われておらず、縄で固定され風雪に負けない柔軟で強靭な構造になっており、家の向きや窓の位置なども日の当たり具合などが十分に計算されて作られており、先人たちの知恵が詰まった合理的な建築様式となっています。
茅は一度葺いたら30~40年は持ちますが、風雨や雪で痛むため、年に1~2回の補修作業をしなければなりません。
屋根の全体の葺き替え作業は大仕事になるため、村人総出で行われました。
  


19世紀末にはこの建築様式を使った家屋は2000近くありましたが、それでも日本において非常に珍しいかなり例外的な様式でした。
過疎化やダム建設による村人の退去等の理由で多くの村がなくなりましたが、豪雪地帯な上に交通の便が悪く、半ば都市部と断絶された環境が幸いし、完全に消滅することなく一部の集落が残りました。
そしてやがてこの特殊な集落と田舎の田園風景の保存へと向けた動きが内外から出てくるようになり、ついに1994年に日本で4番目の世界遺産として登録されました。
現在では多くの観光客が訪れる人気の観光地である一方で観光地化に伴う土産物店や食事処などの増加により、本来の牧歌的で静かな山村の景観が失われつつあることが懸念されています。
合掌造り民宿 白川郷
breakfast, dinner

7日目:白川郷~金沢

朝食後、金沢へ。
金沢到着後、荷物をホテルに預け終日自由散策。
※観光に便利な市内バス一日フリー乗車券付

添乗員のツアー同行は金沢のホテルにご案内までとなります。
各自で金沢観光をお楽しみください。



金沢

~優雅な芸術と文化の町~

北陸地方石川県の県庁所在地である金沢は江戸時代の最大の大名の領地の城下町として発展し、当時は東京、大阪、京都の三都に次ぐ人口を誇りました。
「加賀百万石」と呼ばれて人々や他大名たちからその繁栄ぶりを称えられており、主要な街道から外れているにもかかわらず独自の優雅な文化を築き上げました。
大きな戦乱に巻き込まれることもなく、第二次世界大戦でも空襲を受けておらず、昔の風情ある街並みが今も残っています。
また金沢の歴代藩主が文化事業を奨励したため、多彩な伝統文化が受け継がれ今も息づいています。

《兼六園》

日本三名園の一つとして知られ、ミシュランガイドでも3つ星評価を与えられている回遊式日本庭園です。
四季折々に様々な表情を見せ、春には桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪吊り(樹木を雪害から守るための技術)のほか季節ごとに様々な花を見ることもできます。
兼六園は金沢城付属の庭園であり、小高い丘に作られているにも関わらず多くの池があり、園内全体に水路が張り巡らされ、庭園内の樹木やオブジェと見事な調和を見せています。

《21世紀美術館》

主に1980年以降の現代美術にフォーカスを当てた美術館で、現代新鋭芸術家の企画展示を行っています。
現代美術展示の為、展示する芸術家の知名度は低いが、いずれは名が広まるだろう芸術家に注目する点は未来への先行投資といえるでしょう。
21世紀美術館の設計を担当し円形で地上一階地下一階で全面ガラス張りの独特の建築でイタリアビエンナーレの建築部門で金獅子賞を受賞した建築家ユニットSANAAが良い一例といえるでしょう。
現在、SANAAはパリの老舗デパート、サマリテーヌ・ドゥ・パリ改修の際のデザインを担当しています。

《忍者寺》

妙立寺というのが正式名称ですが、内部に施された仕掛けの数々がまるで忍者のからくり屋敷のようなので、忍者寺の愛称で親しまれています。
実際に忍者がいたわけではないのになぜこのようなお寺が出来たかというと加賀藩が置かれていた立場があります。
加賀百万石と呼ばれ非常に力を持っていた加賀藩は幕府から警戒されていました。
ですが大っぴらに防衛を固めることは出来ないので、幕府にバレないようにお寺に仕掛けをほどこし、緊急時の出城的な役割を与えたのです。
内部は完全予約制で、お寺のガイドさんが様々な仕掛けを説明しながら紹介してくれます。

《ひがし茶屋街、にし茶屋街、主計町茶屋街、長町武家屋敷跡》

戦争などに巻き込まれることが少なく、江戸時代以来、比較的平穏で昔ながらの街並みを今に伝えています。
立地的にも京文化の影響を強く受けた雅な文化が発達し、犀川沿いには料亭や舞妓や芸妓などが働く歓楽街も発達しました。
なかでもひがし茶屋街と主計町茶屋街は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
また上流・中流階級藩士の侍屋敷が軒を連ねる長町武家屋敷跡には土塀と石畳の路地が続いており、かつての情緒ある雰囲気を味わうことができます。

《成巽閣》

成巽閣は国の重要文化財に指定されている建物で1863年江戸時代から明治時代への移り変わりの激動の時代に建てられました。
加賀藩主が母親の隠居後の生活の為に建てたもので優雅な作りの中にも細やかな気配りが見て取れます。
一階は大名屋敷風の書院造で2階は茶室風の数寄屋造りと2種類の様式が組み合わされており、部屋ごとにテーマが決められて装飾が施されています。
伝統的な建築の中にも当時最先端だった西洋のモダンな要素を取り入れ趣を沿えています。

《金沢城公園》

金沢城は加賀百万石を治めていた前田氏の居城です。
現在見えるものは20世紀の終わりに復元されたもので、もともとあった城の大半は18世紀後半の大火災に遭い焼失し、19世紀後半には陸軍の施設が置かれ、戦後は大学のキャンパスとして使われました。
本丸こそ復元されていませんが、櫓や門、施設の配置や構造などをなるべく史実に忠実に再現しています。
特に石垣の石組みの技術は高く、様々な時代の様々な様式の石垣を見ることができる為、別名「石垣の美術館」と呼ばれています。
金沢市内ホテル(☆☆☆)
breakfast

8日目:金沢

ツアーは金沢で終了となります。
各自ご旅行の続きをお楽しみください。


金沢から京都へは特急サンダーバードで2時間強で行くことが出来ます。また東京へは北陸新幹線で2時間30分程度で戻ることが出来ます。
観光地を訪ねながら京都を目指すのもお勧めです。
金沢延泊ご希望のお客様は予約フォームよりお問い合わせください。
breakfast

ツアー終了後のお勧め観光スポット

★富山湾
富山湾には天然のいけすと呼ばれ、様々な種類の魚が獲ることができますが、有名なのが白エビ、ホタルイカ、ブリです。特に冬の時期は脂ののった寒ブリを召し上がるのがお勧めです。また富山新港の内川エリアには運河が流れており、運河沿いには民家が建ち並び、船が停泊している様から「日本のヴェニス」と称されています。天気の良い日には雄大な立山連峰を見ることができ、その美しさと春と秋に見られる蜃気楼は、富山湾が2014年に世界で最も美しい湾クラブに加盟する大きな要因になりました。金沢から富山新港までは約1時間半で行くことができます。

★加賀温泉
金沢からほんの三十分ほどで行くことができる加賀温泉郷。その代表である山中、山代温泉は寒いからだと旅の疲れを癒すのにもってこいの場所だといえます。加賀温泉の歴史は古く、およそ1300年前に開湯されたと伝わられており、江戸時代には北海道と大阪を結ぶ北前船の寄港地として賑わった歴史もあります。温泉はもちろん、石川の美味しいご飯を食べてリフレッシュするのはいかがでしょうか。

★恐竜博物館
福井県勝山市にある世界でも珍しいこの恐竜博物館は、金沢から電車とバスを乗り継いで2時間弱で行くことができます。所狭しと並べられた常設の大迫力の恐竜の骨格や標本が私たちを出迎えてくれます。また館内にある「ダイノラボ」では化石を使ったクイズや、実際に恐竜の化石を触ることができ、太古の生命をより身近に感じることができるでしょう。不定期ではありますが、常設展の他に恐竜に関する企画展も行っています。

ツアー催行日/料金

日付をクリックして予約/問い合わせにお進みください。

★自由な出発日のプライベートツアーの手配も承ります。こちらより、ご希望の出発日、ご旅行日数、ご人数など、詳しいご希望をお知らせください。
参加条件(対象、その他)最少催行
  • 子どもは大人の同伴が必要です。

  • お体の不自由な方またはご旅行日程中で補助が必要な方は、ご予約の際にその旨をお知らせください。

  • 食事に関する具体的な要望がございましたら、ご予約の際にその旨をお知らせください。

  • ツアー出発の最少催行人数は4名です。ツアー会社は最少催行人数に達していないとき、出発日30日前にツアーを中止する権利を有します。

  • 行程中、交通機関や天候、その他諸事情により遅れや観光時間の短縮、一部中止の場合にでも返金の請求には応じられません。

  • 天候や開館時間により、ツアー日程の変更する場合があります。

  • 料金は一人当たりダブル/ツインルームの値段となっています。

  • お一人でご参加のお客様はシングルチャージが別途かかります。また旅館ではシングルのお部屋のご用意がない場合がございます。予めご了承ください。

  • ご予約は遅くともご出発の30日までにお済ませください。

注意事項
  • 皆様により私たちの文化をより深く知ってもらうために、様々なタイプ別の宿泊施設を利用することがあります。「宿泊」をご参照ください。

  • 弊社の旅行では公共交通機関を利用いたします。詳細は「交通手段」をご参照ください。

  • 日本を旅行する醍醐味の一つとして、多彩で魅惑的な日本食を発見があります。行程中では自由昼食と自由夕食とさせていただいている場所がございますので皆様ご自身で是非日本の食文化を探してみてください。詳細「食事」をご参照下さい。

  • 旅行鞄は旅行中二日か三日毎にホテルからホテルへと発送いたします。発送後、受け取りまでの期間中(1日ないしは2日間)に必要な着替えや日用品を持ち運ぶための中程度のカバンやリュックなどをご用意ください。詳細は「スーツケースの発送」をご参照ください。

  • 軽いウォーキング程度のアクティビティが含まれます。歩きやすい靴をご持参ください。

  • 旅程中では自由行動のお時間を各所でもうけております。交通事情に留意しながら、ご自由に興味がある場所を楽しんでください。自由時間中の交通費や個人出費は自己負担になります。

  • その他旅行に関するお役立ち情報等に関しましては「トラベルインフォメーション」をご参照ください。

  • 写真はイメージです。
     

    《気候》

    平均気温

    1月

    2月

    3月

    4月

    5月

    6月

    7月

    8月

    9月

    10月

    11月

    12月

    長野

    -0.5 0.2 3.7 10.8 17.4 18.8 25.1 24.9 19.8 14.3 6.8 1.0

    高山

    -1.4 -0.9 2.9 9.6 15.1 19.4 23.0 24.1 19.7 12.9 6.6 1.4

    金沢

    4.5 4.4 7.2 13.6 18.9 20.3 27.2 27.3 22.4 17.1 10.9 5.6
金額に含まれるもの
  • 添乗員同行

  • 全朝食、旅程表記載の食事

  :朝食×7、昼食×1、夕食×3

  • ツアー中交通機関

  • 7泊分の宿泊(三つ星)(全て朝食付き)
    ※善光寺の宿坊はあくまで寺の宿舎ですので、星によるランク付けはされていません。白川郷の宿泊は合掌造り民宿となります。

  :東京1泊、渋温泉(五つ星)1泊、善光寺(宿坊)1泊、松本1泊、高山1泊、白川郷(民宿)1泊、金沢1泊
※渋温泉宿泊は別途料金でお部屋のランクアップが可能です:一般和風客室→伝統建築客室・・・+10,000円/お一人あたり

  • 旅程表記載の観光施設、アクティビティ等の入場料

  • 二日おき、三日毎のホテルからホテルへのスーツケースの配送料

※幼児/子供料金はお問い合わせください。また3名一室ないしはそれ以上でご宿泊をご希望のお客様はお問い合わせください。ただし、客室設備または空室状況によりましてはご相談に応じかねる場合もございます。

金額に含まれないもの
  • 航空券
  • 旅行保険

  • 個人出費

  • 旅程表に記載のない食事

  • 旅程表に記載のない自由行動中の交通費や観光施設の入場料、アクティビティ等

  • チップ(任意)

※ツアー出発前日までのご宿泊やツアー終了後の延泊をご希望の場合はお問い合わせください。

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